カルボプラチンを無償提供した「日医工」の田村友一社長(右)に感謝状を送ったトリプルネガティブ乳がん患者会「ふくろうの会」代表の福原宏美さん(中央右)、同会役員の田村千景さん(中央左)。同行した神戸大学医学部の谷野裕一特命教授(左)
増殖能力が高く、再発率が高い傾向のトリプルネガティブ乳がん。再発を減らすのに有効と考えられる抗がん剤「カルボプラチン」の臨床試験を進める神戸大学医学部乳腺内分泌外科特命教授、国際がん医療研究センター副センター長の谷野裕一先生が資金の一部を募るクラウドファンディングを2020年10月より始めました。
多額の資金が必要となる臨床試験を「借金を背負ってでも、やりぬく」と決めた谷野裕一先生。その背中を強く押したのは、トリプルネガティブ乳がんの予後の向上を熱望する患者さんたちの行動でした。
患者会が署名を集めて、製薬会社と交渉。薬剤の無償提供を実現
「トリプルネガティブ乳がんフォーラム2019」
(ふくろうの会)主催で講演をする谷野裕一先生
トリプルネガティブ乳がんの患者さんのサポートにも力を入れてきた谷野先生。現在、トリプルネガティブ乳がん患者会「ふくろうの会」の顧問として、勉強会やおしゃべり会に参加するなど活動をサポートしています。
「『ふくろうの会』の代表をしている福原宏美さんは僕の患者さんでした。同じくトリプルネガティブ乳がんだった友人が、再発転移してしまったことに心を痛めていた彼女は『トリプルネガティブ乳がんで再発転移する人や亡くなる人を減らしたい。そのために患者会を始める』と決意を語っていました。
2016年に『ふくろうの会』がスタート。彼女たちは『カルボプラチンの適用拡大のためにできることはないか』と9000名の署名を集め、臨床試験で使用する薬剤を提供してもらえるよう、いくつも製薬会社を回ってくれたのです」(谷野先生)
薬剤費だけでも2000〜3000万円、協力してもらえたら資金面での問題がかなり楽になります。しかしどの会社にも相手をしてもらえなかったそうです。そうした中、唯一、会って話を聞くと返事をくれたのが、富山県の製薬会社「日医工」でした。
「実際に会ってくださった部長さんが、彼女たちの想いに共感してくれて、社長につないでくれたんですよ。そして薬剤の無償提供が決まった。正直びっくりしました。だから『ふくろうの会』のあの子たちがいなければ、この臨床試験はなかった。そう思っています」(谷野先生)
構想10年、救える命を増やすための臨床試験「必ずやりとげたい」
他にも、通常の数分の1程度のデータ管理費で引き受けてくださったデータセンターの共同研究という形で、無償で検査をしてくれる「ファルコバイオシステム」、実費で治療を引き受けてくださった各病院、寄付をくださった方々など、数多くの人の協力があってここまで来ることができたと谷野先生は言います。
それでもやはり資金が限られているため、参加する施設との細かいやりとりや薬の発送など、事務費をかけず、診療が終わってから先生ご自身で作業しているのだそうです。
「再発を減らすこと、救える命を増やすこと。そのための臨床試験です。僕のYouTubeチャンネルに、トリプルネガティブ乳がんの患者さんから『再発して、使える薬がなくなっていく。薬が途切れた時に私の命も終わる』と書き込みがあって。なんて返事したらいいのか言葉がみつかりませんでした。このようなつらい思いをする患者さんを減らすため、この臨床試験を必ずやりとげたい」と谷野先生。
今回のクラウドファンディングの目標金額は2000万円。募集は
12月25日(金)23:00までです。
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クラウドファンディング専門サイト READY FOR
「トリプルネガティブ乳がん:再発を防ぐ治療薬、確立のための臨床試験を」
■取材
・文/瀬田尚子
出版社勤務を経て、フリーランスのライター・編集者に。医療・健康分野を中心に雑誌、書籍、WEBメディアなどで取材・執筆を行う。