株式会社ブライトアイズの代表で専用入浴着の生みの親、加藤ひとみさん
乳がんになり、乳房切除の手術を受けた女性たちにとって、入浴は大きな課題です。温泉旅館など大浴場では他の人の目が気になって、旅行をあきらめてしまうという人も少なくありません。
20年前、手術の傷あとをカバーする専用入浴着を日本で初めて開発した株式会社ブライトアイズの代表取締役・加藤ひとみさんにお話をうかがいました。
乳がんで右胸を全摘。自分に合う下着を作るために起業
専用入浴着が生まれたきっかけは、1997年、加藤さんが43歳の時に乳がんと診断され、右胸の全摘手術を受けたことでした。
直面したのはブラジャーの問題。片側の乳房がなくなり、乳がん患者専用のブラジャーを試してみたものの満足のいくものがなかった。そこで、がん保険の一時金を使って、1999年3月に姉とともに起業。自分の納得いくブラジャーを作ることにしたのです。
加藤さんの起業のきっかけとなった「ツーピースブラ」
左右分離型のブラジャーで、上下左右にずれることがない。
また片側だけ着用することもできる。
製品化したブラジャーを紹介しに、近くの病院の患者会を訪問したところ、年配の方から「私はもうブラジャーはいいから、温泉に入るためのブラジャーを作ってほしいの」と言われた加藤さん。
「当時、住んでいたのは長野県上田市なのですが、長野県は温泉がたくさんあり、地域社会にしっかりと根付いています。温泉に入れないというのはコミュニティに参加する上で大きな問題だったのです」(加藤さん)
そこで開発したのが専用入浴着「バスタイムカバー」でした。
専用入浴着「バスタイムカバー」はMから3Lまでの4サイズ。
それぞれ右手術用、左手術用がある
「首に負担がからないようにワンショルダーにしました。特にこだわったのは、撥水性で、ヒモの部分は少し水気が残りますが、本体の部分はサッと拭くだけですぐ乾きます。お風呂から上がって入浴着を脱がずに、拭いてそのまま上から服や浴衣を着られるようにしたかったからです」(加藤さん)
利用者への周知の難しさ まわりの後押しが大きな力に
1999年の年末にバスタイムカバーは完成したものの、専用入浴着は温浴施設という公共の場で使用することが前提であるため、一般の商品のように「作って売るだけ」というわけにはいきませんでした。
まずは衛生面で問題がないということを確認するために、信州大学工学部にバスタイムカバーを使用して入浴した場合の浴槽の水への影響について、実験し、データを出してもらうことに。
まったく影響がないと結論が出たので、そのデータを持って長野市の保健所に行くと『タオルと違って、浴槽に入れても衛生面で問題がないので、どこで使っても大丈夫』いう書面が出され、全旅連(全国旅館生活衛生同業組合連合会)からも『使用しても大丈夫』という返答をもらうことができました。
「施設の方にご理解いただく以上に大変だったのは、施設利用する一般の人への周知でした。『なんでそんなものをつけて入っているんだ』なんて言われることがないように、専用入浴着への理解を促すポスターを自分でポスターを作り、上田市内の温浴施設を回って、貼らせていただけるよう説明して回ったのですが、あまりの大変さに途中で断念してしまいました」(加藤さん)
大きな壁にぶつかった加藤さんでしたが、2006年に当時の田中康夫長野県知事と話す機会があり、バスタイムカバーの現状を告げると「体の傷あとをカバーする入浴着を信州のお湯が歓迎します」とコピーの入ったポスターを作成。県下すべての旅館・ホテル・温浴施設に掲示したのでした。
長野県から起こった動きは次第に全国の乳がん患者会・団体に波及し、そこから各自治体へと広がりを見せていきました。
2010年には、温泉に入りやすい環境づくりに取り組んでいた認定NPO法人J.POSH(日本乳がんピンクリボン運動)がバスタイムカバーを歓迎してくれる温浴施設を募集。そうした流れから、2011年には厚生労働省、国土交通省、総務省から衛生面において、バスタイムカバーの公共性が認められたのでした。
またJ.POSHは、ブライトアイズにリバーシブルタイプのバスタイムカバーの製作を依頼。J.POSHの活動に賛同した『ピンクリボン温泉ネットワーク』の参加施設に常備してもらい、希望者に貸し出せるようにしています。
「バスタイムカバーを作って20年。J.POSHさんをはじめ、様々な患者会・団体、そして自治体の取り組みに助けていただいて、段々とですが、バスタイムカバーがなんでもないものになりつつあることを感じ、ほっとしています。乳がんで手術した方が楽な気持ちで入浴を楽しんでくれたら、幸せです」(加藤さん)
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株式会社ブライトアイズ
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ピンクリボン温泉ネットワーク(認定NPO法人 J.POSH WEBサイトより)
■取材
・文/瀬田尚子
出版社勤務を経て、フリーランスのライター・編集者に。医療・健康分野を中心に雑誌、書籍、WEBメディアなどで取材・執筆を行う。