乳がんの再発を防止する治療に役立つ分子の発見に、金沢大学の研究チームが取り組んでいる。このほど乳がん細胞が増える新たな仕組みを解明し、米国の科学論文誌「PNAS」に発表した。
生涯のうちに「がん」を発症する日本人は2人に1人に上る。女性でもっとも多いのは乳がんで、日本女性の11人に1人が一生に一度は罹患する。
乳がんは組織型によりいくつかのサブタイプに分類される。エストロゲンもしくはプロゲステロンという女性ホルモン受容体を多く発現する「ルミナルタイプ」は、比較的予後が良いことが知られている。その他、HER2受容体が過剰発現する「HER2陽性タイプ」、2つの女性ホルモン受容体とHER2のいずれもが陰性の「トリプルネガティブタイプ」に分類される。
がんの生存率は「分子標的薬」など新しいタイプの薬の進歩により著しく向上しているが、トリプルネガティブタイプのがんは、良い分子標的薬がないため、従来型抗がん剤であるタキサン系の抗がん剤が標準的に使用されている。
このような乳がんの治療に役立つ分子の発見に取り組んでいるのが、金沢大学の後藤典子教授らの研究グループだ。乳がん細胞が増える新たな仕組みをこのほど解明し、米国の科学論文誌「PNAS」で発表した。
金沢大学がん進展制御研究所
Semaphorin signaling via MICAL3 induces symmetric cell division to expand breast cancer stem-like cells(Proceedings of National Academy of Science 2018年12月24日)
乳がんの治療に役立つ分子を発見

「がん幹細胞」を退治して乳がんを根治
がん細胞の親玉ともいえるのが「がん幹細胞」だ。がん幹細胞は分裂して「がん細胞」を生み出す。がん細胞は分裂と増殖を無限に繰り返して大きな塊となり、やがてまわりの組織や臓器の働きを妨げてしまう。がん幹細胞をなくすことが、がんを根治させるために非常に重要だ。 トリプルネガティブタイプの乳がん患者では、従来の抗がん剤で治療しても、がん幹細胞が残ってしまい再発の温床となる。研究グループは、乳がん幹細胞の分裂を効果的に抑える薬の開発に向けて、研究に取り組んでいる。 がん幹細胞は、分裂と同時に分化して、通常のがん細胞を生み出すことを繰り返す。がん幹細胞は1回分裂するごとに2つの娘細胞を生み出す。通常はひとつががん幹細胞様細胞になり(自己複製)、もうひとつは分化したがん細胞となる(非対称性分裂)だ。 しかし、悪性のがんでは、1回分裂するごとに娘細胞の2つともが自己複製したがん幹細胞となって倍増する「対称性分裂」を繰り返す。このため、がん幹細胞のみが増殖し、悪性化の原因になっている。 対称性分裂を阻害する薬剤を開発すれば、がん幹細胞の倍増を阻止して増殖を抑えられる。そこで研究グループは、乳がん幹細胞の人工培養に成功した経験をもとに、対称性分裂のメカニズムの解明に乗り出した。乳がん幹細胞の分裂を妨ぐメカニズムを解明
がん細胞は、細胞外に分泌する因子である「セマフォリン」を産生・分泌することを発見。セマフォリンは、神経細胞が作られるときに働く分子。神経細胞では、「ニューロピリン」というタンパク質がセマフォリンに結合する。研究チームはこのニューロピリンが乳がん幹細胞にも多く含まれていることを発見した。 そしてセマフォリンががん幹細胞の細胞膜にある受容体である「ニューロピリン」に結合することで、がん幹細胞内で「MICAL」という分子の働きが活性化することを確認。がん細胞にMICALが多く含まれるほど悪性化しやすいことを突き止めた。 MICALが活性化すると、分裂により生み出された2つの細胞ががん幹細胞に変わり倍増し続けることも明らかになった。さらに、MICALが働かないように遺伝子操作すると、対称性分裂をする幹細胞の割合は減った。 つまり、対称性分裂にはセマフォリンがニューロピリンに結合することで活性化されるMICALの働きが必要であることが示された。乳がんの再発を妨ぐ薬の開発へ
今後、MICALの機能を阻害するのに有効な標的分子をみつけて、乳がん幹細胞の分裂を妨げる薬を開発できれば、トリプルネガティブを含む乳がんの治療が可能になると考えられる。 また、乳腺組織は、女性ホルモンの刺激を受け炎症が発生しやすい。炎症が発生すると、血管から白血球やリンパ球などの血液細胞や免疫細胞が乳腺組織にやってきて、組織の隙間をうめる間質細胞も反応する。こうした炎症によりがん幹細胞が誕生しやすいことが分かっている。 「乳がんは、初回治療から20年が経過しても、なお再発のリスクがある。再発のもととなるがん幹細胞の分裂を防げれば、効果的ながん治療が可能になる。がんの原因を突き止めることで、がんを治す治療の開発につなげたい」と、研究者は述べている。 研究は、金沢大学がん進展制御研究所/新学術創成研究機構の後藤典子教授、富永香菜研究協力員、東京大学医科学研究所先端医療研究センターの東條有伸教授、東京大学医学部附属病院の多田敬一郎准教授(研究当時)、田辺真彦講師、国立がん研究センター研究所の岡本康司がん分化制御解析分野長らの研究グループによるもの。
Semaphorin signaling via MICAL3 induces symmetric cell division to expand breast cancer stem-like cells(Proceedings of National Academy of Science 2018年12月24日)
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