乳がんとともに生きる人を理解する

No.12 「遺伝性乳がん・卵巣がん」の確定診断のための遺伝子検査とがんの対策

青木 美保 帝京大学医学部附属病院 帝京がんセンター 認定遺伝カウンセラー
(2017年10月)
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 人のDNAにある遺伝情報は、すべての人が同じではなく、個人によりわずかな違いがあります。遺伝性乳がん・卵巣がんが疑われたら、血液中のDNAにあるBRCA1遺伝子・BRCA2遺伝子に、一般の人には見られない、がんの原因となる遺伝子の変化(遺伝子変異)がないかを調べます。BRCA遺伝子にがんの原因となる遺伝子変異が見つかれば、結果は「陽性(病的変異)」となり、遺伝性乳がん・卵巣がんと確定診断されます。

 遺伝子検査と聞くと、インターネットや電話などで申し込める病気のリスクを推定する体質検査を思い浮かべる人もいるでしょう。しかし、BRCA遺伝子検査は、あくまで遺伝性乳がん・卵巣がんを確定診断するための診断目的の遺伝子検査であって、医療機関を通さずインターネットや電話で申し込む病気のリスクを推定する体質検査(BRCA遺伝子は調べていません)や一般病院で行う通常の血液検査とは、まったく異なります。

 乳がん・卵巣がんと診断された全員が、BRCA遺伝子検査を受ける必要はありません。BRCA遺伝子検査は、遺伝性乳がん・卵巣がんの可能性が高い人だけに勧められる確定診断用の遺伝子検査なのです。

 BRCA遺伝子検査は、本人のがんのリスクや治療方針の決定に役立つだけではなく、血縁者のがんのリスクも明らかにする可能性があります。そのため、遺伝子検査の前後には遺伝性腫瘍に詳しい遺伝の専門家による遺伝カウンセリングを受けることが必ず必要です。

 遺伝カウンセリングでは、BRCA遺伝子検査を受けるメリットや(デメリット)、遺伝子検査の限界などについて遺伝の専門家から十分な説明を受けて、患者さんが十分理解した上で、本人の自由意思に基づいて、遺伝子検査を受けるかを判断することになります。決して医療者から遺伝子検査を強制されることはありません。

遺伝子検査による医学的なメリット

1)遺伝性乳がん・卵巣がんの遺伝子検査により、自分のがんは、がんになりやすい遺伝的な体質によるものかを知ることができます。
2)今後の自分のがんのリスクを知ることができます。定期的な検診を受けることで、がんを治療可能な早期発見に努めることが可能になります。
3)陽性なら、将来のがんのリスクを考慮して、術式を検討することができます(術式は、ご本人の意向や病状などを総合的に主治医が判断して、決定します。主治医とよく相談しましょう)。
4)BRCA遺伝子の病的変異がある人の卵巣がんにのみ効果的な治療薬も開発されています。(BRCA遺伝子の病的変異がある人の乳がんにのみ効果的な薬剤は、現在臨床試験中です)。
3)陽性なら、血縁者(がんを発症していなくても)も同じ体質を受け継いでいるかを調べることができるようになります。

BRCA遺伝子検査の価格

 現在、日本ではBRCA遺伝子の検査は健康保険が適用されておらず、全額自己負担になります。医療機関によって価格は異なりますが、家系で初めてのBRCA遺伝子検査は約20~25万円です。高額な遺伝子検査ですが、今後新しい検査技術の開発により価格が下がることが期待されます。

 近年、遺伝性乳がん発症に関わる遺伝子は、BRCA遺伝子以外に、さまざまな遺伝子が見つかっており、このような複数の遺伝子を1度の遺伝子検査でまとめて調べることができる検査法、家系内の誰かがBRCA遺伝子検査を受けて、すでに遺伝性乳がん・卵巣がんと診断されていれば、血縁者は同じ体質を受け継いでいないかを、最初に遺伝子検査を受けた人よりもずっと安価に3~5万円で調べることができます。

なぜBRCA遺伝子変異があると、がんになりやすいのですか

 遺伝子は両親から1つずつ受け継ぎますので、どの人にも遺伝子は2つずつ存在します。遺伝的に乳がん・卵巣がんになりやすい体質がある人の遺伝子を調べた研究から、2つあるBRCA遺伝子(BRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子)のどちらかに一般人とは異なる遺伝子の変化(遺伝子変異(へんい)といいます)が見つかる人が多いことがわかっています。

 細胞内にあるDNAには紫外線や自然界の放射線などにより常にダメージが生じており、本来、BRCA遺伝子にはそのようなDNAのダメージを修復する機能があります。しかし、BRCA遺伝子に病的変異がある人は、生まれつき遺伝子変異がある片側のBRCA遺伝子の機能を失っていますが、もう一方の遺伝子は正常に機能しているおかげで、がんを発症しないでいられます。

 しかし、何らかの環境因子等の影響により、もう一方の正常なBRCA遺伝子にも変異が起こると、2つの遺伝子の機能をともに失って、DNAのダメージを修復できなくなり、結果的に乳がんや卵巣がんなどを発症しやすくなるのです。

遺伝性乳がん・卵巣がんが疑われたら、どのような対策をすればいいですか?

 遺伝性乳がん・卵巣がんと確定診断された女性は、一般の女性よりも、乳がんや卵巣がん・卵管がんになるリスクがずっと高いのです。遺伝性乳がん・卵巣がんと確定診断された男性は、女性よりがんのリスクは低いものの、男性乳がんや前立腺がんなどのリスクがあります。そのため、がんのリスクに応じた年齢から、定期的かつ頻回のがん検診を受けて、治療が可能な早期にがんを見つけられるように努めることが大事です。

 将来がんになるリスクが高いと知ることは、勇気のいることですが、自分のリスクを知った上で適切な対処することにより、がんを見逃すことを減らせる可能性もあります。遺伝性乳がん・卵巣がんの女性は、乳がんだけでなく、卵巣がんや卵管がんになるリスクも高いのです。

 しかし、予防効果が確認されている医学的根拠のある卵巣がんや卵管がんの検診方法がまだ確立していません。そのため、子どもを産み終えた35~40歳頃に、今後本人に妊娠・出産の希望や可能性がなく、本人の同意が得られれば、がんになる前に卵巣・卵管を切除する「リスク低減卵巣卵管切除術」を受けるという選択肢もあります。この方法により卵巣がん・卵管がんになるリスクが最大90%低下し、卵巣がんによる死亡リスクも低下することが明らかになっています。現在「リスク低減卵巣卵管切除術」は、医学的根拠があり最も効果的な卵巣がん・卵管がんの予防法とされています。

 遺伝性乳がんの人が、すでに乳がんと診断されていたら、将来乳がんを発症していない反対側の乳房にも乳がんができるリスクが高いのです。そのため、乳がんの手術のときに、反対側の乳房を予防的に切除する「リスク低減手術」を受ければ、反対側の乳がんにならず、寿命も延ばせることが最近の研究で明らかになってきています。

 現在のところ、遺伝性乳がん・卵巣がんと確定診断された人が「リスク低減手術」を受けると、将来乳がんになるリスクは大幅に減らせますが、その結果、寿命が延びるわけではないとされています。そのため、臨床研究として限られた医療機関で行われており、保険適用ではないため、全額自己負担になります。

 一方、乳がんと診断されていない遺伝性乳がん・卵巣がんの人が、乳がんになる前に乳房を切除する「リスク低減手術」を受けると、将来乳がんになるリスクを大幅に減らせますが、寿命を延ばすわけではないとされています。

 そのため、現在は臨床研究として限られた医療機関で実施されており、保険適用ではないため、費用は全額自己負担になります。また、このような治療法に対する認識が、まだ一般社会に浸透しておらず、すべての人に受け入れられる治療法ではないと考えられることから、「リスク低減手術」を実施している医療機関の倫理委員会で、承認を得た上で、実施されています。

 遺伝子検査で確定診断されていないが、遺伝性乳がん・卵巣がんの可能性が高い人と血縁者のがん予防や検診は、遺伝性乳がん・卵巣がんであることに準じて行うことが勧められています。

 BRCA遺伝子変異のある男性は、一般の男性よりも、男性乳がんや前立腺がんのリスクが高いのです。35歳から定期的な乳房の自己検診(看護師に正しい方法を習いましょう)を行い、40歳頃から乳腺の専門医でマンモグラフィと前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA検査を始めることが勧められます。

 BRCA遺伝子検査で確定診断されていなくても、遺伝性乳がん・卵巣がんの可能性が高い人は、遺伝性乳がん・卵巣がんに準じて、その人のがんのリスクに応じた定期的な検診が勧められます。遺伝性腫瘍に詳しい遺伝の専門家や主治医と十分相談しながら、決める必要があります。

遺伝性乳がん・卵巣がんについてもっと知りたいときには

 遺伝性乳がん・卵巣がんに関して一般の人にもわかりやすく解説した国内初の翻訳本(下記)をご参照ください。

「遺伝性乳がん・卵巣がんと生きる」(彩流社)
スー・フリードマン 著, レベッカ・サトフェン 著, キャシー・ステリゴ 著, 田口 淳一 監訳, 青木 美保 訳, 堀尾 留里子 訳

 原著者は米国遺伝性乳がん・卵巣がんの当事者会主催のスー・フリードマンさんほかで、現在可能な医学的な予防法、治療法だけでなく、米国のみならず日本の遺伝医療をとりまく法的な問題なども含め、最新の情報について解説した一書です。
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