乳がんとともに生きる人を理解する

No.7 乳がんの薬物療法

青木 美保 帝京大学医学部附属病院 帝京がんセンター 認定遺伝カウンセラー
(2017年01月)
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乳がんは「全身病」

 乳がんは「全身病」だということはご存知ですか?

 乳がんが早い段階で見つかっても、手術だけでは再発するリスクが残っているかもしれません。

 乳がんは早い段階から、血液やリンパ液の流れにのって、目に見えない微小ながん細胞が、乳房以外にも広がる性質があります。それはタンポポのタネが風に乗って飛んでいくようなものです。そのため、目に見えるがんを手術で切除するだけでなく、全身に広がったかもしれない目に見えないがん細胞を死滅させるには、全身に薬剤を行きわたらせる薬物療法が必要になります。乳がんと診断されたほとんどの方には、薬物療法が必要になるでしょう。

乳がんの薬物療法

 乳がんの薬物療法は、大きく分けて「化学療法」「ホルモン療法」「抗体療法」の3つがあります。現在、乳がんの治療薬には、25~30種類ほどの薬剤があり、単独で使うこともあれば、2~3種類の薬剤を組み合わせることもあります。

 抗がん剤の組み合わせは複数ありますが、それぞれ科学的根拠に基づいたものです。乳がんの薬物療法は、その方の病状に合わせて行う個別化が進んでいます。

 乳腺外科医や腫瘍内科医は、乳がんの性質やがんの進行度(がんの大きさ、わきの下のリンパ節転移、乳房以外の臓器への転移など)、全身の健康状態、年齢、治療に影響するほかの病気、患者さんの希望などを考慮して、その方の乳がんが今後どのような経過をたどるかを予測して、最適な薬物療法を検討します。

 薬物療法の選択を左右する重要な情報として、病理検査の結果もあります。がんの性質を調べるには、乳がんの疑いがある部位から組織を採取する「生検(せいけん)」や外科手術により採取した組織を調べる「病理検査」を行います。病理検査では、がん細胞の増殖にエストロゲンという女性ホルモンを必要とする「ホルモン感受性の乳がん」か、がん細胞の表面にがん細胞の増殖を促す「HER2(ハーツー)」という目印が多くある「HER2陽性の乳がん」かなどを、病理医が詳しく調べます。

 病理検査の結果によっては、薬物療法が異なります。たとえば、「ホルモン感受性の乳がん」ならホルモン療法を行う、ホルモン療法で十分な効果がなければ化学療法を組み合わせる、さらに「HER2陽性の乳がん」ならハーセプチンによる抗体療法と化学療法を組み合わせるというように、その方の乳がんの性質に合わせて、乳腺外科医や腫瘍内科医は手術前の段階から、薬物療法を検討します。

化学療法

 化学療法は、抗がん剤を全身に投与する治療法です。

 目に見えるがんを縮小する効果だけでなく、リンパ節や全身に広がった可能性のある目に見えないがん細胞も死滅させる効果もあります。 化学療法は手術前と手術後のどちらのタイミングでも同じ効果があることが明らかになっています。

 そのため、手術後に化学療法が必要なら、手術前に受ける方も増えています。腫瘤が大きくて温存手術ができない方は、手術前の化学療法でがんを小さくできれば、温存手術が可能になります。がんが縮小すれば、温存手術による乳房の変形を少なくして、より美しい形で乳房を残すことが可能になるでしょう。手術前の化学療法後の病理検査でがん細胞が完全に消失している方が10%程度あります。このような方は治療後の見通しが非常に良いことがわかっています。 抗がん剤の投与期間は、通常3~6か月と決まっています。

 抗がん剤の投与量が多ければ、がん細胞へのダメージは大きくなりますが、同時に正常な細胞へのダメージも大きくなります。抗がん剤の投与量が多すぎると、副作用のために治療が続けられなくなります。最大の効果が得られて、副作用は少ない抗がん剤の投与量が理想的です。しかし、実際の効果や副作用には個人差がありますので、その方の効果や副作用を見ながら、調整していくことになります。

化学療法の実際

 乳がんの化学療法は、通常3~4週間に1回のペースで行うことになります。

 乳がんの抗がん剤の投与は、通常静脈から点滴で行います。抗がん剤の点滴の前後には、吐き気や嘔吐を予防する薬剤(制吐剤(せいとざい))を点滴することもあります。もっとも効果が得られ、副作用が小さくなるように、抗がん剤の投与は決められた一定のスピードでゆっくり点滴しますので、通常数時間かかり、想像以上に長い時間がかかることもよくあります。 化学療法では、抗がん剤治療による副作用だけでなく、通院や入院のための費用、仕事を休むなど仕事や生活スケジュールを変えないといけなくなるでしょう。また、本人だけでなく、家族も生活スケジュールを変えないといけないなどの不都合や経済的なコストも伴います。

抗がん剤の副作用

 抗がん剤は、がん細胞の「細胞分裂が早い」という特徴を狙って、細胞分裂を妨げ、がん細胞の増殖を遅らせたり、死滅させたりします。しかし、同時に、全身の正常な細胞のうち、比較的細胞分裂が早い細胞もダメージを受けます。

 たとえば、骨髄細胞、胃粘膜や口腔粘膜の細胞、皮膚や爪の細胞、毛根細胞、末梢神経の細胞などです。そのため、化学療法では、正常な細胞がダメージを受けた程度に応じて、白血球減少による感染リスク、脱毛、吐き気、嘔吐、口内炎、皮膚や爪の障害、しびれなどの末梢神経障害などの副作用が起こります。現在、抗がん剤による吐き気や嘔吐を予防する薬や白血球減少を改善する効果的な薬が開発されて、大きく改善できるようになっています。しかし、ほかの副作用は効果的な治療法がなく、回復が難しいこともあります。 抗がん剤は赤ちゃんに悪影響を及ぼす可能性があり、妊娠している方は使えません。また、閉経前でも、抗がん剤の影響で生理が止まったり、40歳を超える年齢ではそのまま閉経する方も多くなります。妊娠を希望している方は、主治医に率直に伝えて、相談してみましょう。

ホルモン療法

 ホルモン療法は、通常手術や化学療法のあとに、その方の乳がん治療の見通しや再発のリスクを考慮して、検討されます。 ホルモン療法の薬剤はいくつか種類があります。なかには、世界中でかなり研究されて、日本でも承認されてから30年以上経過している信頼性の高い薬剤もあります。

 ホルモン療法の薬剤は、ホルモン治療には、がん細胞の増殖に女性ホルモンであるエストロゲンを必要とする「ホルモン感受性のある乳がん」の方に効果がありますが、がん細胞の増殖にエストロゲンを必要としない「ホルモン感受性のない乳がん」には効果がないため、ホルモン剤は使えません。「ホルモン感受性のある乳がん」は、がん細胞内にあるエストロゲン受容体とエストロゲンが結合して、がん細胞の増殖を促進します。ホルモン療法の薬剤は、エストロゲン受容体とエストロゲンの結合を妨げる作用により、がん細胞が増殖しないようにします。

ホルモン療法の種類と期間

 閉経前、閉経後のどちらの方も使えます。ただし、閉経前と閉経後は女性ホルモンが作られる経路が変わるため、それに合わせて、閉経前と閉経後ではホルモン療法の薬剤が異なります。

 乳がんの治療のためのホルモン療法は通常6か月間行いますが、再発予防のためのホルモン療法は通常5年、ときには10年続くこともあります。 ホルモン療法は、外来で注射を受けるか、内服治療ができるため、化学療法よりはずっと体の負担が小さい治療です。

ホルモン療法の副作用

 ホルモン療法の副作用は、薬剤ごとに異なりますが、主には女性ホルモンを抑制すること伴いホットフラッシュや気分変動などの更年期に近い症状が起こります。卵巣機能を抑制する薬剤では、骨密度が正常範囲を下回る「骨量減少」が起こります。

ハーセプチンを用いる抗体療法

 乳がん全体の約15~20%は、がん細胞の表面に、細胞の増殖を調節している「ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2(ハーツー))」というタンパクが過剰にみられます(正常な細胞にもHER2タンパクはわずかにあります)。

 このような乳がんは「HER2陽性乳がん」ともいわれます。HER2タンパクが過剰な細胞は、増殖が活性化や悪性化が起こることがあるとされています。ハーセプチンという薬剤は、がん細胞だけの「HER2タンパク過剰」という特徴を狙い撃ちして、がん細胞の増殖を抑える作用があります。抗体療法を行う前には、その方の乳がん細胞に、HER2タンパクが過剰かを病理医が調べます。

 近年、ハーセプチンに抗がん剤をつけたT-DM1という薬剤も開発され、新しい治療法として期待されています。

抗体療法の実際

 ハーセプチンは、週1回の点滴になります。

 通常ハーセプチンの投与期間は1年となっています。HER2陽性乳がんの方は、ハーセプチンによる治療を続けていくうちに、最初は有効だったハーセプチンに対して、がん細胞が耐性を獲得して効かなくなることが課題となっています。

抗体療法の副作用

 ハーセプチンは、HER2が過剰ながん細胞だけを標的にして、HER2が過剰でない正常な細胞には影響しないため、副作用は比較的少ないとされています。 投与開始後24時間以内に、発熱や悪寒、吐き気、頭痛などの急性症状が起こることがあります。

 最初の治療では、とくに慎重に観察をします。ハーセプチンは化学療法と併用すると、心臓に障害が起こるリスクが増えるため、一部の抗がん剤との組み合わせは禁止されています。もし心臓に障害が起きても、ハーセプチンをすぐに中止すれば、毒性は消失することが多いとされています。心臓の機能低下がある方は注意が必要になります。

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